笑顔がくれた宝物

編み物教室で「迷宮入り」と自虐したら、人生に温かい糸が紡がれた話

Tags: 編み物, 自己肯定感, ユーモア, 定年後の過ごし方, 新しい趣味

定年後の孤独と、一筋の希望

私が定年退職を迎えたのは、つい最近のことです。長年勤め上げた会社を離れ、最初は「これからは自分の時間が持てる」と喜んでいました。しかし、すぐに時間を持て余すようになり、日々の会話も減って、漠然とした孤独感に襲われるようになりました。妻はパートに出ており、子どもたちも独立して家を出ています。広い家で一人、テレビを見ていると、ふと「自分は何のために生きているのだろう」とまで考えてしまう日もありました。

そんなある日、妻が「近所の公民館で編み物教室があるみたいよ。行ってみたら?」と勧めてくれたのです。手先は決して器用な方ではありませんでしたが、何か新しいことを始めたいという気持ちと、少しでも人との交流を持ちたいという思いから、意を決して参加することにしました。それが、私の人生に温かい糸を紡ぎ始めるきっかけになるとは、当時の私は知る由もありませんでした。

「毛糸の迷宮入り」と笑われた日

編み物教室の初回、私は期待と不安で胸がいっぱいでした。周りを見渡せば、すでにベテランらしき方々が楽しそうに針を動かしています。私はというと、先生に教えてもらった「ガーター編み」一つもまともにできません。編み目はガタガタ、途中でほどけたり、きつすぎたり。見本とはかけ離れた、まるでクネクネと曲がった紐のようなものが手元にできていくのです。

あまりの不器用さに、顔から火が出る思いでした。周りの皆さんは優しく見守ってくれましたが、自分の作業の遅さに焦りばかりが募ります。その時、ふと口をついて出たのが、「先生、これ、もう毛糸の迷宮入りですね」という言葉でした。自分の不器用さを少しでも軽く見せたかったのか、無意識のうちに出た自虐ネタです。

すると、教室にいた皆さんが、クスッと笑ってくれたのです。先生も「あらあら、面白い表現ね」と微笑んでくださいました。その瞬間、張り詰めていた私の気持ちが、すっと軽くなったのを感じました。自分の失敗を笑い飛ばすことで、こんなにも気持ちが楽になるものかと、驚いたものです。

失敗作がくれた、かけがえのない宝物

それからも、私の「毛糸の迷宮入り」は続きました。マフラーを編めば途中で編み目が分からなくなり、最終的には波打つような形に。帽子を編めば、なぜか子どもの頭にも入らないような小さなものができあがってしまう。最初は落ち込みましたが、一度笑い飛ばす経験をしてからは、少しずつ考え方が変わっていきました。

「この波打つマフラーは、私の人生の波乱万丈を表しているんですよ!」 「この小さな帽子は、きっと妖精さんのために編んだんです!」

そんな風に、自分の失敗作を笑い話のネタにするようになったのです。すると、周りの皆さんも、私の作品を見るたびに「あら、今回はどんな迷宮入りかしら?」「それはまさしくオンリーワンね!」と、楽しそうに話しかけてくれるようになりました。完璧ではないけれど、それも私らしさ、個性として受け入れてくれる温かい空間がそこにはありました。

ある日、私と同じように編み物に苦戦している方がいらっしゃいました。その方の落ち込んだ様子を見て、私は自分の失敗談を語り、「大丈夫ですよ、私もずっと迷宮入りしていましたから。でも、笑っているうちに、少しずつ糸がほどけていくんですよ」と、自然と励ましの言葉をかけていました。すると、その方も笑顔になり、「そうですね、笑うのが一番ですね!」と言ってくれたのです。

その時、私は気づきました。完璧な作品を作るだけが目的ではないのだと。自分の不器用さを受け入れ、それをユーモアに変えることで、周りの人との距離が縮まり、そして何よりも、自分自身を肯定できるようになっていたのです。編み物教室は、単なる趣味の場ではなく、新しい仲間と出会い、そして自分を受け入れる大切な場所へと変わっていきました。

ユーモアが紡ぐ、温かい人生の糸

編み物教室での体験を通じて、私は人生の後半期をより豊かに生きるヒントを得ました。失敗を恐れて何も始めないのではなく、たとえ不器用でも、ユーモアを持って挑戦することの大切さ。そして、完璧でなくても、自分を笑い飛ばせる強さ。これらが、私の自己肯定感を少しずつ高めてくれました。

人生には、思いがけない困難や失敗がつきものです。しかし、それを深刻に受け止めるばかりではなく、時にはユーモアのレンズを通して眺めてみることで、気持ちが楽になり、新しい道が開けることもあるのだと、私は今、心からそう感じています。

もし今、あなたが何かにつまずいたり、孤独を感じたりしているのであれば、どうか心配しないでください。少し肩の力を抜いて、自分の状況を笑い飛ばしてみるのも、一つの手かもしれません。そうすればきっと、あなたらしい温かい人生の糸が、ゆっくりと、しかし確実に紡がれていくはずです。